NetBeans

最近NetBeans IDE 6.7.1を使っているが、なかなかいい。

http://www.netbeans.org/

PHPでコードを書く時は、UnEditor+Yokka Grep+FFFTPというスタイルで書いていたが、Amazon EC2の開発をするようになってUnEditor+Yokka Grep+WinSCPというスタイルに変えていた。EclipseやPHP Editorも試してみたが、どうにも馴染めなかった。

FFFTPを使っていた頃は、ミラーリングアップロードが便利だなと思っていたのだが、WinSCPを使うとSCPが使えるうえディレクトリを常時監視してファイルの書き換えを検知して自動的にミラーリングアップロードするという機能があってとても重宝している。

NetBeans IEDを使うと、ファイル保存時に保存ファイルをSCPでサーバーにコピーするという設定が使えるので、これ一つでエディタ+Grep+ファイル転送がカバーできてなかなか便利だ。そのうえクラスの構造を解析してクラス名から宣言しているコードへ飛んだり、JavaDoc風にコメントを書くとコード補完のときにパラメータの説明が出てきたりとライブラリの構造まで立ち入ってプログラマをサポートする機能があるので快適だ。昔はプロジェクトファイルの下のディレクトリにしかソースを置けなかったような気がするが、今は別ディレクトリでもOKなので、既存のソースディレクトリをそのままNetBeansで使っている。

春陽堂閉店

帯広の古書店「春陽堂書店」が閉店した。

「春陽堂」が閉店 十勝唯一の古書専門店

帯広生まれの自分は、もちろん小さい頃から春陽堂書店に通いつめていた。よくマンガやハヤカワSF文庫等を買ったものだ。高校の頃は自宅から高校への通り道に春陽堂があったので、土曜日は「必ず」春陽堂に寄ったものである。89年に山内春陽堂主人によって創刊された十勝郷土研究誌「トカプチ」第一号には直前に亡くなられた奥様への謝意が記されている。私が高三の時に亡くなられた静子夫人は私が小さい頃から店番をされていたのでよく覚えている。

永い間本当にお疲れ様でした。

帯広の駅前はもうすっかりかわってしまった。カニの家も駅裏の小さなラジオパーツショップもすっかりなくなってしまったし、駅自体立て替えられて高架式になったので跨線橋も踏み切りもあとかたもなくなってしまった。自分の記憶にあって今もあるものはもう「平和園」と「はげ天」と「インデアン」くらいだ。

willcomとネットワークエラー

自分はWillcomのPHSを使っている。

最近、メールを受信しようとして「ネットワークエラーが発生しました」という表示が出る事がたびたびあった。症状はこうだ。

・メールやWeb等パケット通信しようとして、「ネットワークエラーが発生しました」と出る事がある
・一度エラーが発生すると、何度やってもつながらない
・しかし通話に関しては全く問題なく使える
・アンテナは全部立っている

Willcomのサポートに電話してみた。サポート氏は、電話機の問題もあるかもしれないが、自宅近くの基地局に問題があるかもしれない(問題は自宅にいる時だけ起こるのだった)ので、調査してみます、またご連絡します、との事だった。一週間ほど前の話だ。

今日、Willcomのサポートから電話があった。自宅近くの基地局の一つに問題が発見され、修理されました、との事だった。確かにもうネットワークエラーは出ない。サポートに感謝である。

運動会

今日は子供の運動会だった。

朝早起きして4人分の弁当を作り、小学校に運動会を見に行った。

息子は去年までリレーの選手に選ばれていたが、今年は選考会で友達より遅かったので選ばれなかった。家で泣いて悔しがっていたが、今まで何もしなくても選手だったのがおかしかったんだ、サッカーのコーチにどうやったら足が速くなるか教えてもらってがんばってみたら、というような事を話した。

短距離走、学年全員での踊り、大玉ころがし、PTAによる綱引きなどいつもの運動会のプログラムをこなし、今年も無事運動会が終了した。後片付けでサッカーのゴール(これがけっこう重たい)をもとに戻すのは、サッカークラブの父親の仕事なので、これもやってから帰った。

日差しの強い一日だった。腕と顔がひりひりする。

町内会

先日、はじめて町内会の会合に行ってきた。

この辺の町内会は20戸ぐらいで構成される「班」、それが10くらい集まった「支部」、さらにそれが集まるかたちで町内会というものが組織されている。「支部」と「町内会」の間にさらに「地区」というものがあって、その集まりに行ってきた。

私は今年、「支部」の「防災委員」というのをやることになったのだ。それでお呼びがかかったのである。

20人くらいの人が集まっていた。やはり、というべきか高齢のご婦人が大半だ。私がいちばん若いらしく、自己紹介の時に「紅一点」と呼ばれてしまった。蛇の巣にやってきた蛙のような気分だ。

今年はやる事が多い。息子のサッカークラブの役員やらPTAのボランティアやら、それから町内会の「班長」というのも今年まわってきたのでいろんなところに顔を出さないとならないのである。

「事実上」派遣業

懐かしい気持ちになる記事を見つけた。

開発現場が変わるハッピー・コミュニケーション術: 常駐SEはつらいよ!

身に積まされる記事でもある。零細IT企業に転職した筆者は、入社当日から戸惑う。

「事務所には60歳くらいの社長と事務の女性がいるだけで、数十人いるはずの技術者たちが事務所にはいません。技術者だけでなくコンピュータも見当たりません。いったいどこで誰がシステム開発をするのだろうと...」

入社後は研修を受けると聞かされていた新兵の筆者は、しかし丸腰で最前線に放り出される。

「しかし、プログラミング技術を身に付けるどころか、入社してすぐ面接、そして即日、現場常駐ということになってしまいました。しかも面接時にお客さんに提出する経歴書には「開発経験3年」と書かれております。」

彼が私の隣の席で仕事をしていたなら、こうつぶやいたかもしれない。「お前は、売られたのさ」

小火(ぼや)

小火(ぼや)に遭遇した。

夜、妻と子供と散歩がてら買い物に行こうとぶらぶら歩いていると、突然「ボン」という自動車が衝突したような音と「バリン」というガラスが割れる音がした。振り返ってみると、マンションの一室の中に火が見える。あ、火事だと思い、携帯ですぐ119番通報した。

消防車が数台、すぐやってきた。第一通報者はいますか?という消防隊員の問いかけに、あ、私です、と答えた。ご協力くださいという事で、事情を詳しく話す事になった。消防の情報統括車のような車両のなかで事情を話しているうちに、救急搬送が終わって撤収しはじめた。火はすぐに消えていたので、当事者が消したのかもしれない。携帯を見たら私が通報してからちょうど20分たっていた。

近所でこんな事があり、しかも私が第一通報者になってしまって、驚いた。

追悼

石田晴久氏がお亡くなりになった。

サイバー大学IT総合学部長,東大名誉教授の石田晴久氏が逝去:ITPro

石田晴久氏は村井純氏とともに日本のインターネットの基礎を築いた日本のIT界の最重要人物であると同時に、テレビ番組「コンピュートないと」(1983年)の司会を務めるなど啓蒙活動にも熱心だった。またプログラマのバイブルと言われた「プログラミング言語C」(通称K&R)等の翻訳、執筆で広い影響を日本のIT界に与えた。私が中学生の修学旅行の時に札幌の紀伊國屋書店の2階専門書売り場で買った「パソコン言語学」(アスキー出版局)も氏の監修によるものだった。ご冥福をお祈りします。

サッカー

今日は息子のサッカーの試合があった。

町田の小学2年生が8チーム集まる試合だった。息子が属するチームは、残念ながらあまり強いチームではなく、試合に出てもほとんど勝ったことがないチームだ。まだ勝ち負けにこだわる段階ではないとはいうものの、少々かわいそうな気がしていた。

息子がサッカークラブに入ったのはちょうど1年前の今頃、1年生の終わりごろだった。町田にはだいたい各小学校にサッカークラブがあり、息子の小学校にもある。前々からサッカーやりたいと言われてたものの、親のサポートが結構たいへんだという噂を耳にして尻込みしていたのだった。そうとう悪かった私自身の調子もだいぶん安定し、体験入部してみてよさそうだったので去年の今頃入部したのだった。

今日の最初の試合の前半に、息子はシュートを決めて点を入れることができた。入部して1年、公式試合で初めての得点だった。これに気をよくしたのか、いつもはへたって歩きがちな後半はいつも以上に夢中になって走ってボールを追いかけていた。今日は4試合あって結局全部負けてしまったが、息子だけでなく皆試合にとても夢中になっているような気がした。私を含めた親たちも大きな声をあげて応援した。

何だかサッカーの試合を見るのがおもしろくなってきた。

花粉症

今年も花粉症の季節がやってきた。

花粉症になったのは27歳頃だったと思う。ある日突然鼻水が止まらなくなり、それが花粉症だと知ったのはしばらくたってからだった。大学卒業までずっと北海道に住んでいたので、それまで花粉症とは縁のない生活だったのだ。花粉症のつらさはなった人でないとなかなか理解できない。目やにが多くなり、いつも目がかゆい。透明な鼻水が大量に出る。いつも鼻がむずむずしてくしゃみが止まらない。寝る時でさえ鼻が詰まって口でしか息ができない。どうでもいい事のように思われるかもしれないが、毎年この季節は極めて不快なのだ。

テレビの「あるある」でヨーグルトが花粉症にいいというのをやっていて、一年間ヨーグルトを食べていた事があった。結果は「全く効果なし」だった。結局テレビに騙されて一年間ヨーグルトを買わされたのだった。その後、「あるある」は内容の不正が見つかって番組自体がなくなってしまった。

今も鼻水が止まらない。